コーディネーターの場づくりの視座と意味生成
1.
本論文の目的と独自性
本論文は、アーティストワークショップ(以下WS)におけるコーディネーターの実践知とはいかなるものかを考察し、コーディネーターの場づくりの視座とそのふるまいによってに起こることの意味を明らかにしたものです。
本論文は「つなぎ」、「調整し」、「まとめる」というこれまでのコーディネーターの概念に、コーディネーターの場づくりという概念を付加し、従来のコーディネート論を拡張することを目的としています。これまでのコーディネーターの概念や役割の重要性を認識しながらも、先行研究では暗黙的な実践知としてブラックボックス化している、ワークショップ本番やプロジェクトに通底する場づくりに焦点を当てています。この点が本研究の独自性となります。
本研究は、コーディネーターの実践知を実践事例に求め、コーディネーターの場づくりという概念について考察し、コーディネーターの場づくりの内実を明らかにしました。
2.
本論文の構成と研究方法
本論文は3部8章で構成しています。「第Ⅰ部コーディネーターの場づくり」ではコーディネーターの場づくりを論じる上で土台となるコーディネーターが捉えるの概念について示し、研究方法を検討しました。
「第Ⅱ部アーティストワークショップ事例の分析と考察」では、2つのワークショップ事例をエピソード記述とF2LOモデルで分析・考察しました。エピソード記述でアーティストワークショップの<場>の内実を、アクチュアリティを以て示すことでコーディネーターの視座が明らかになりました。
「第Ⅲ部コーディネーターの場づくりがつなぐアーティストワークショップの価値と意味」では、ワークショップの評価に着目しました。 事業の価値を社会へつなぐことはコーディネーターの役割の一つです。本研究では福祉事業所のワークショップに参加型評価であるMost Significant Change(MSC)を取り入れました。
こうした研究方法により、人々の情動と行為の意味だけでなく構成要素間の関係性の変容を捉えることを試みました。
3.
実践事例研究 本論文において特徴的な事例を抜粋して紹介します
エピソード要約
E君は協同での活動が得意ではなく、音にも敏感な園児です。最後の踊りのチャンスの時でした。踊るのを少し嫌そうにしているE君に、アーティストが「E君踊る番だよ」と言って、フロアに誘いました。E君は乗り気ではない雰囲気を身体で表しながらも、みんなの輪に入り、少しの間だけ頑張ってみようかなという感じで身体を動かし始めました。
見ている私(竹丸:コーディネーター)にも、E君は今このまま踊りを楽しめるかどうかの瀬戸際にいる感じが伝わってきて目が離せません。しかし、とうとうE君は耳を塞いで体の動きを止めてしまいました。周りで楽器を演奏している子どもからは「E君踊って〜」という励ましの掛け声がなんどもかかります。
その時、アーティストがE君の耳塞ぎポーズの真似をし始めました。フロアにいた子ども達とアシスタントもそれに気づき、全員が耳塞ぎポーズをして踊り始めました。それを見て、アーティストはストップアンドポーズをコールしました。
次の瞬間、E君が「わーっ」と大きな声で言い、両手を上に上げてバンザイをしながら何回もジャンプしました。みんなも「わーっ」と言ってE君と同じくバンザイをしながらジャンプします。楽器グループもこの様子に合わせて太鼓を叩き鳴らしました。会場は、E君が参加できた喜びで満ち溢れました。「やった〜!」全員がそんな気持ちでいっぱいになりました。
メタ観察と意味生成
耳塞ぎポーズをすることは、E君の負の情動で取り除くべきことだという暗黙的認識でしたが、そのにいるみんなが関われる表現活動に変容し、子ども達みんなで共有できるものとなりました。そののみんながE君の耳塞ぎポーズを受け止め、分かち合っていたのです。この出来事は、事業体を巻き込む大きな認識の転換となっています。
さらにここではE君はじめ、周りの子ども達も自分の存在や行動が相手や場を変えられるという「自己原因性感覚」を持ちます。その後、相手によって自分も変わるという「双原因性感覚」を持ったのだとも言えます。このやりとりは、この後のワークショップの活動にも引き継がれて、影響し合いながら変容していくことが円環していきます。
F2LO モデルによる分析
図2 アーティストはこのワークショップの活動そのもの(オブジェクト)となっている。
図3 アーティストはE君の気持ちを間主観的にわかりながら、その小さな心の機微を掴み、耳塞ぎポーズを真似している。
図4 見ていた他の子ども達や先生達も、E君とアーティストのやりとりに情動を揺さぶられながら関わっている。ここで大きなパラダイム転換が起きている。
コーディネーターは<場>で、関係者の気持ちを間主観的にわかりながら<場>をホールドしています。このエピソードの場合には、アーティストが活動そのものO=踊りになっているため、<場>にF=ファシリテーターが不在となっています。そこでコーディネーターはFの位置に入り、Fの役割を補完し<場>全体を見ています。
それだぇではなく、コーディネーターはこのエピソードにおけるアーティストとE君の「接面」を見ながら、同時に他の教員や子どもたちの別の接面も見ています。多数の接面に関わりながら、<場>全体が崩壊しないよう、また学習者の学びが深まるように<場>における相互作用を促進させているのです。<このようにコーディネーターは、現場で内在的に関わりながら、<場>の相互作用をホールドしています。学習者が対象との相互触発的なサイクルに移行するために、アーティストの自由なふるまいを保障する動きもしています。現場においてつねに情動を間主観的に分かり、自分の経験や理論等に基づいて、事象全体(地)から「接面」という「図」を切り出しています。そしてそのメタ意味を読み取り、連続させることによって<場>をホールドしているのです。
コーディネーターの視座とは
時間経過と共に進んでいく全体の流れの中から、そこにいる⼈・モノ・コトをつなぎ、調整し、まとめ、⼈々に変容が起きる場づくりができるための重要な出来事を、適切に抽出し判断することが明らかになりました。
4.
コーディネーターの視座から見えたもの
コーディネーターには参加者と共に活動の価値を見出し、社会とつなぐ役割があります。この時、関係者が共に活動することの重要性を認識し、当事者意識を持つ現場をつくることが重要となるのです。本研究では福祉事業所でのアートプロジェクトに参加型評価活動であるMost Significant Change(MSC) を取り入れました。その結果、評価活動で見出されたアートプロジェクトの価値は、職員と利用者が支援する/されるという枠を乗り越え、自分達が新しい福祉事業所に変化しているというものでした。このことは、福祉事業所全体にとって福祉事業の中で障害者を支援するのみではなく、共にあることへ意識を向けた大きなパラダイム転換となっています。
アーティストのわからなさの重要性
さらにMost Significant Change(MSC)のインタビューをとおして浮かび上がったのは、アーティストのわからなさの重要性でした。コーディネーターが、アーティストというわからないものをコミュニティに持ち込むことで、コミュニティ全員がわからなさに対等に対峙する状況が生まれます。
本研究で見えた景色は、コーディネーターの視座そのものです。コーディネーターの視座で語るということが、コーディネーター本人の資質や能力に依存しているのではないかという指摘もあるかもしれません。しかし、もしこのコーディネーターのそれぞれの見方や資質であることを排除してしまったらどうでしょうか。
コーディネーターが「接面」を取り出す鍵となるそれぞれの特性や、個人の文脈を持ってに居ることをも排除することになります。そこに決まった規則や見方しかないのであれば、にはダイナミックな変容は起きず、いつも同じ答えへと収束していくでしょう。
だからと言って、コーディネーターのふるまいがめざすところが、個人の資質に左右されるだけでいいという意味ではありません。全体から「接面」を取り出し、その連続を見続けるコーディネーターの視座は、WSに関わる人たちの新しい気づきや学びを生み出し、人々がより良く生きるための関係性の構築へと向けられています。
コーディネーターの実践知
本論文でコーディネーターの場づくりを理論化したことにより、コーディネーターの役割や機能が明瞭化し、普遍化されたコーディネーター像が浮かび上がりました。