ワンモーメント

・3つのスクリーンを用いたインスタレーション
「精神と身体」を映像で表現するにあたり、一人の人間の物語を実写映像の「ワンモーメント」で、その人物の感情を映し出した臓器をアニメーションとして、故人が思い描いた幻想を色編集した実写映像としてそれぞれ表現している。この3つのスクリーンから成るインスタレーションは、4年生の1年間でなく4年間の「医療と表現の研究」の集大成として実現させたものである。
・研究動機
私はこれまで医療デザインやアートを通して、障害・病気と闘ってる人や、現代で頑張る人たちの身体への関心を持って欲しいというメッセージ性のもと制作していた。それは私自身が生まれつきの心臓病で、日本の医療と周囲の支援のおかげで生きることができたことから、常に人間の生命の尊さや生死、医療や福祉について興味を持つようになったためである。卒業研究に先立ち、今度は精神と身体との関わりを描き、もっと心に寄り添う形で「頑張りすぎなくていい、自分を大切にして欲しい」ということを伝えたかったため、本制作に乗り出した。本作に登場する主人公は良くも悪くも自分を犠牲にして頑張る人物で、この物語は頑張りすぎな現代への啓蒙も含んでいる。これまで学んできた表現手法や医療デザインの研究を、視覚表現を通して多くの人に届けたいと考える。
・研究プロセス
研究①精神と身体の研究・・・感情と臓器の関係性
研究②実写映像「ワンモーメント」・・・とある人物の生涯の一幕を描いた物語
研究③インスタレーション・・・実写とアニメーションの連動、もう一つの映像
研究①「精神と身体」について
・「こころ」と「からだ」、西洋医学と東洋医学での違い
西洋医学:「こころ」の働きは脳である。→精神は脳の不調、そこからSOS 信号として全身の不調へ繋がっていく。
東洋医学:「こころ」は五臓に宿っている。→心と臓器は一体なので、心の不調が臓器の直接の不調となる。
今作では表現において心理描写を多数含むため、東洋医学をベースとして研究を行った。この「こころと臓器が繋がっている」と 言う点に着目し、臓器という身体を構成するものに感情が宿り、体の主のために動いている様子を作品にしようと考えた。この点に おいてはどんなマイナスな感情もその人を構成するのに必要不可欠な要素であり、等しく尊い存在として扱っている。
・感情と臓器の関係性
5 つの感情がベースとして分かれており、さらに感情も各臓器に割り当てられている。
感情が過剰になりすぎることで、それぞれ不調を起こしている。
喜び/ 心臓(神)・・・生命の根源、全ての臓器のまとめ役。 行きすぎると興奮したり、動悸が激しくなったりする。
悲しみ/ 肺(魄)・・・大気や水分を全身に巡らせる。不調が起こると呼吸の不安定さや倦怠感が生じる。
怒り/ 肝臓(魂)・・・血や気の巡りを調節する。強すぎると血圧上昇やめまい、イライラ感を伴う。
思い悩み/ 脾臓(意)・・・栄養物質への変化や消化。不調が起こると消化不良や下痢、表情の強張りが発現する。
恐れ/ 腎臓(精)・・・発育の促進や水分の調整。行き過ぎた恐れは不眠や失禁、冷や汗を引き起こす。
アニメーションによって、見えなかった感情が可視化される。腹の底ではどんなことを考えているのか、 感情に満たされているのか。また、同じ感情でも臓器の動きの速さや激しさによってその感情の強さも異なる。
研究②実写映像「ワンモーメント」
『ワンモーメント』・・・「どんな一瞬も宝物になる」という彩音の信条と、あらゆる感情と共に進む一人の人間の「生涯」という二つの意味を持つ。
あらすじ 彩音は仕事のストレスを演奏でぶつけるOL。社会人バンド「幻系ドリーマー」の仲間と楽しい日々を過ごしていたが、 メジャーデビューが明確化したことで漠然とした不安を感じるようになる。そこへ新しく大口の仕事が入ったことで仕事と バンドの両立が困難になり、夢と現実の狭間で思い悩む。さらに、バンドメンバーの響にその旨を相談するも誤解を生んで しまい、結果喧嘩別れして1人涙する。 精神的に追い込まれてしまった彩音だったが、バンドにレコード会社からデビューライブの誘いを受け、さらに彩音の努力で 仕事が上手くおさまったことでひと段落がつくなど、次々にいいことが起こる。そして機会を見た響にも告白をされ、 バンドメンバーと気持ちを新たに再出発することを決め、幸せの絶頂の中デビューライブ本番へ。 ライブ当日、情熱と観客の熱気に興奮した彩音は心臓発作を起こし、演奏中に倒れ込んでステージ上で亡くなってしまう ところで彩音の物語は幕を閉じる。
・登場人物について
・撮影時の様子
・シーン9 -もしも彩音が倒れない世界だったら
メインモニターの反対側に映し出された映像、「もしも彩音が倒れずにライブを完遂させられていたら」のライブシーン。これは現実ではなく、彩音の走馬灯から作られた死ぬ間際の幻想。
研究③インスタレーション
・正面 「感情と臓器の関係」と「二つの映像の連動について」の研究
まず正面は、臓器のアニメーションと実写映像がリンクしたインスタレーションと、それに関する実験の記録や研究概要をまとめたものを展示する。それぞれの部分の詳細は以下の通りで、視線誘導を一点に集中させるため、中央のモニター周辺に見せたいものを固めて展示している。
・背面 「ワンモーメント」の詳細とシーン9 の映像展示
背面では、実写映像「ワンモーメント」の詳細設定・研究についての詳細と、2 枚のパネルとカーテンの間から覗く大きなバックスクリーンに映し出されたシーン9 の映像が流れている。シーン9 の映像はステージ袖からライブステージを覗き見るというコンセプトで、正面の映像よりも見える範囲は狭まるが、正面と対比させて「幻想」の表現にするために色で特徴づけている。
・作品本編
・研究結果
感情という曖昧で形では現れないものを、臓器と繋げてインスタレーションにするのは面白い試みであったと思う。さらに、実写映像とセットにすることにより、より「そのような感情・精神状態になった」状況が分かりやすくなり、一種の精神解剖学のような展示になったと考えている。