linger
デジタルメディアに囲まれた現代社会において、
「私」という存在がどのように認識され、どのように形作られているのだろう。
私たちは日常的に他者を「見る存在」であると同時に、カメラや画面、アルゴリズムを通して「見られ、データとして扱われる存在」でもある。
このような環境の中で、私たちは他者を断片的な情報から理解し、同時に自分自身もまた、他者の視線や記録によって形作られていく存在となっている。そのため、自分が認識している自分と、他者から認識されている自分の間には常にずれが生じ、そのずれは、見る者や状況によって変化し続ける。つまり私たちの存在は固定されたものではなく、他者の視線の中でその都度立ち現れる、不安定で不確かなものだと言える。
本作は、スポットライトとカメラ、そして光によって生成される影を通して、「見る/見られる」という関係性の中で揺らぐ自己の在り方を可視化するインスタレーションである。スポットライトは他者の視線を象徴し、そこに照らし出されるのは、他者から見た私の姿。しかしその像は、自分が理解している自己像に比べて淡く、輪郭を持たない。
同時に、反対側には、身体がカメラによって読み取られ、映像へと変換され、「情報となった私」として空間に現れる。その光は自分でありながら、すでに自分のもとを離れ、他者の視線の中で成立した、もう一つの自己の姿。スポットライトの下の私も、情報として変換された私も、どちらも他者との関係の中で立ち上がる自己像にすぎない。結局、「自分」という輪郭は、他者の視線なしには形成されないのではないか。そして、自分が思っている自分と、他者から見られている自分の間に生まれるずれや曖昧さの中でこそ、自己という存在は揺らぎながら成立していくだろう。
本作は、その不確かさを否定するのではなく、むしろそこにこそ自己のリアリティと美しさが宿るのではないか、という問いを提示する試みである。
