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ZINEをつくること

身体を介した理解とその記述
小山 紀子
学科・領域
修士課程 美術・工芸領域
指導教員
小松 佳代子
卒業年度
2025年度

 

修士論文:「ZINEをつくること — 身体を介した理解とその記述」
修士論文要旨/ Abstract

 

以下、修士論文 結章第2節 「つくることを記述する」(pp. 39-40)より

哲学者であるフレデリック・グロは歩く¹ことについて以下のように述べる。

歩くことによって、人はむしろ、アイデンティティという概念そのものから抜け出すことができる。なにものかでありたいと思う気持ちや、名前や歴史を持ちたいと思う気持ちから解放される。なにものかであることは、社交パーティーの場で自己紹介をし合う時には便利なものだし、心理カウンセリングの面接室でも役に立つだろう。だが、それは、わたしたちを縛りつける社会的な義務でもあり(そのために、自分の肖像に忠実であろうと、自分に無理をかけてしまう)、だとしたら、なにものかであるということは、本当は我々の両肩にのしかかっているだけの、くだらないフィクションではないだろうか。歩いている時に得られる自由は、誰でもなくあれることの自由だ。²

ZINEをつくることにも、この歩くことに似た側面がある。作品制作につきまとう邪心から離れ、私はZINEをつくることによって歩きだす。様々な「あるべきこと」、アーティスト然と、作品然としなければならないことから自身を解放し、私はただ好きな稜線を、好きなペースで歩くことができる。気が変わったら、ただまた別の稜線を歩けば良いだけだ。したがって、自身のZINEをつくることは根源において、明確な意図や主題を持つ「作品制作」とは異なる位相にあることがわかる。また、この意味付けからの解放や身体を通してつくるプロセスにこそ、最も重要な自身の「ZINEらしさ」があるだろう。

¹歩く(marcher)というフランス語の動詞は、単独でも「山を歩く」という意味を持つことがある。谷口亜沙子「訳者あとがき」フレデリック・グロ『歩くという哲学』谷口亜沙子訳, 山と渓谷社, 2025, p. 296
²フレデリック・グロ, 同上書, 2025, pp. 41-42

 

 


 

 

《The Shape: Fragmentary Notes》
2026
サイズ可変

 

《The Shape: Fragmentary Notes》は、私がこれまでに制作したZINEを再編成・再構成し、新たなZINEをつくる過程を示す実験的なプロジェクトである。