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生きる家、未完成の私

- 高田町家に「マワリドマ」と「記屋」を内包する住宅群を -
磯野亜夢
学科・領域
建築・環境デザイン学科
コース
建築・インテリアコース
指導教員
北 雄介
卒業年度
2022年度

去年の三月、私は長野県小川村の小さな集落にある宿を訪れた。

夫婦でひっそりと営むその宿は、まるで古民家をリノベーションしたかのような風合いを持ちながら、
建築自体は完全に新築。建築士との「ハーフセルフビルド」によって建てられたそうだ。

そして、現在も「未完成」の状態。
日々の生活を送りながらも、少しずつ建築に手を加えていくその姿は、住宅と共に成長しているようだった。

「変わっていくもの」常に「未完成」である私たちを、
絶えず包み込む存在である住宅が「変えられないもの」であることに疑問を抱いた。
住宅も私たちの身体の一部のように、少しずつ変化していける存在になるにはどうしたらいいのか。
あくまで「新築」の状態で「修正可能な素質を備えている」新たな木造住宅の在り方を追求することは可能なのか。

本来は家(物質)と人(生命)、対比の立場にある二つの原理。
「生きる」(生命を指し示す言葉)、「未完成」(物質を指し示す言葉)をあえて逆に使用することによって、
人が成長し続けるように変化する「生きる家」と、
歳をとっていく中で、取り巻く環境も、性格も、暮らし方も常に変わっていく「未完成の私」ということを表している。

相互の在り方を今一度、本研究を通して考えてみることが私の目的である。