ガラスによる暮らしの「いとおしさ」の表現
1.研究について
「暮らしは刹那的でいとおしいものである。」このことを鑑賞者が再確認できることを目標に研究を続けてきた。器を作品に取り入れているのは、器が人の暮らしに浸透しているものであり、使用者がどの器を何のために使うか考えることで個性が出るため、器が個人の暮らしを表現するのに一番適したモノだと考えいるからだ。
ではどうすれば鑑賞者に自身の生活をいとおしく感じてもらえるのか。「いとおしさ」について考察したとき、「なつかしい思い出」つまりは「もうなくなってしまった日常」が鍵になることが分かった。以前は何とも思っていなかった日常がいつの間にか終わり、その「もうなくなってしまった日常」をふと思い出した時に自身の日常の儚さに気付き、「いまのいまの豊かさ」に気付く、つまりは自身の生活をいとおしく思えるのではないだろうか。
2.修了制作
上記の研究から、修了制作では私自身の「なつかしい思い出」をモチーフにストーリーを作り、そこから3点の作品を制作した。
「酔っ払いのおじさん」
彼は50代のサラリーマン。会社では管理職として毎日真面目に働いている。そんな彼の毎日の楽しみは家で晩酌をすることだ。帰宅したらすぐにビールとお気に入りのビアグラスを冷凍庫に入れてから、お風呂に入る。入浴後に冷えたビールをビアグラスに注いで、晩御飯ができるのを飲みながら待つ。晩御飯を食べておなか一杯になると眠くなってしまい、そのまま心地よい浮遊感の中眠ってしまうのだった。パジャマの上着をズボンに入れるのは癖。
「ヤクルトの花瓶」
彼女は4歳の女の子。田舎の自然豊かな土地に、両親・祖父母と暮らしている。庭や近所の道端に咲いている草花を摘んできておままごとをするのがマイブームだ。今日はよく晴れていて、少し早く夏が来たような日だ。いつものように様々な植物を集めてきて外でおままごとを始める。今日は母や祖母の真似をして摘んできた花を生けてみることにした。おままごと用にとっておいた様々な容器の中からヤクルトの空き容器を選び、水を入れて花を生けた。いつもおままごとで使っている草花なのに、なんだか特別に見えて、おままごとが終わってからも家の中に飾りいつまでも眺めていた。
「お昼休み」
彼女たちは17歳。同じ学校に通う高校2年生だ。2人はお昼休みの時間を毎日楽しみにしていた。1年生の時に同じクラスだった2人は入学してすぐに友達になった。2年生に進級してからクラスが離れてしまったため、2人でゆっくり話ができるのはこの昼休みだけなのだ。4時間目の授業が終わると中庭に集合して、冷え切っているのになぜかおいしいお弁当を一緒に食べる。他愛のない話をしながらお弁当を食べていると、50分の昼休みが一瞬に感じられた。