MENU

コナトゥス

鋳金による生命賛歌のオブジェの制作
阿部 瑞穂
学科・領域
美術・工芸学科
コース
クラフトデザインコース
指導教員
長谷川 克義
卒業年度
2023年度

美術には様々な効能があるが、私は既存の認識を崩壊させて再定義を計るような作品を制作したいと考えている。それは私が小さい時から始まった考え方や性質を発端とするものであり、これにより私は様々な点で、例えば物事の独自の捉え方や客観性などを手に入れた。また、このような意識の改革は人によって大小あるが、自己の振り返りやフィードバックの手助けになると考えている。
そして、それらを発生する為には様々な方法が存在するが、今回私が注目するのは「生物と無生物、ひいては生命」である。生命の定義や生物と無生物の差異など、これらは様々な分野で激論を繰り返してきたテーマであり、私たちに生命や生物の自覚が存在する限り逃れられない命題と言える。
 まず、科学的な生物や無生物の定義について説明する。一般的な生物の三つの定義としては以下のように語られている。
①外界と膜で仕切られている。
②代謝(物質やエネルギーの流れ)を行う。
③自分の複製を作る。
これによれば多くの学説で微生物は生物と認定されているが、近しい存在であるウイルスは生物と断言されていない。具体的に説明すると定義のうち、代謝と自力での自己複製機能がウイルスには備わっておらず、他の細胞に感染することでこれらの働きをすることが可能である。しかし、ウイルスを非生物と言うにはあまりに生物的な機能や性質を持つために昨今まで数多くの議論がなされ、生物でもなく無生物とも言えない中間的存在と現時点では教科書に記載されている。
一方、生物よりも生命は強い概念性を伴ったワードとして使用されているが、しばしば科学的説明の際に登場しては後者が前者を内包している節がある。従って、微生物は生命に含まれるとしてウイルスや先々に一部の科学者によって生命であると主張されるAIなどはどのように判断すべきなのか、この疑問に対してそもそもの生命発生について説明する。最初の生物は約40憶年前、深海の熱水噴出孔にて誕生した単細胞生物であるとされている。熱水中の成分と海水の成分から生命の素となる有機物が発生し、ある時それが膜に包まれ、内部の化学反応により代謝と自己複製を行うようになった。この過程において私が最も興味を惹かれるのが、ただの物質であったそれらが自己保存のプロトコルを獲得したことであり、もし神様や神と呼ばれるような高次元の存在などがいたとして最大の遊び心を発揮したのだと感じる。自己保存とは心理学で使われる用語であり、生物の自己の生命を保存して発展させようとする性質のことを指す。これは微生物だけでなく、ウイルスやAIにも場合によっては見られ、私はこの自己保存、或いはコナトゥス(事物が生来持っている、存在し、自らを高めつづけようとする傾向)こそが生命の基であると考える。
私にとって自己保存やコナトゥスこそが生命の根幹であり、それを個々が意識することで曖昧な命題の暫定的な回答の一つだと受け入れ、各々に何かしらの変化をもたらすならば、私はここで更に「どのように生きるのか」を問いかけたい。その回答には各々の能力や出自や環境などに左右され大小限りなく存在するが、結局のところそれぞれのコナトゥスに従っているに過ぎない。そして、観覧者や制作者自身の短期的や長期的、或いは生涯を掛けての目標を明確にすることでより効率的に達成に導くよう後押しする、その意識改革の間接的な一助となれば良いと今回この制作を進めるに至る。

 

素 材:真鍮
サイズ:H450×W650×D910(mm)
技 法:蝋型石膏埋没鋳造法