木彫による人と自然物の関係性の表現
私は動物や植物を内包した自然という環境に対して魅力を感じている。それは葉の重なりやそこに住まう動物たちの気配など、そこに何かが潜んでいるということに対して自身の想像を自由に膨らませることができる場だと感じるからだ。
この考えに至った経緯には、学部三年の時期のある体験が関係している。森の中を散策していた所、木陰の中から一頭の小鹿に出会うという体験をした。その場ではただ、目の前の小鹿が逃げないように慎重に観察するだけであったが、その数秒間の体験は自身の記憶に強く刻まれており、小鹿とのやりとりの貴重な時間として記憶している。後にその体験を振り返り、あのように自身が惹かれる背景にはどのようなものが存在していたのか疑問を抱くようになったことが制作の動機である。
制作のさなか、木陰に住まう生き物の鳴き声や風に揺れる木々を眺める間に、それらをより知りたいと興味を覚えるようになった。しかし、相手の存在は見えず、こちらから歩み寄っても、一定の距離を保たれ、実態をつかむことは難しい。その後、私と自然には明確な「隔たり」が存在していると感じ、その「隔たり」に着目して制作を進めるようになった。
環境や生き方の違いから自然物と人間の世界は完全に重なることはない。しかし、お互いが距離を探るようなるような領域を超えたやり取りも存在している。その限られた中でしか相手のことを知ることができないが、だからこそ貴重なものとなり、その先を想像することを促す場となっているのではないかと私は考えた。
本研究では作品により、上記で述べた自然物と人の領域が交わる空間を創ろうとした。作品に鑑賞者が歩みよることで、隔たれた距離が徐々に狭まるような体験を生むことを目指す。素材としている木には楠と栃の二種類を使用している。外観や硬度に違いがあり、モチーフとしている牡鹿の質感を表現するため必要であると考えたためである。