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花開く面影ー海を越える伝承ー

酒蔵の移転を前提に考える、異なる環境下で面影を生かす設計と地域を越えた伝承のあり方
市村ともか
学科・領域
建築・環境デザイン学科
コース
建築・インテリアコース
指導教員
与那嶺 仁志
卒業年度
2023年度

2020年秋、県をまたいで北の地に移転した酒蔵があった。酒蔵とは本来地域に根付くものであるはずなのになぜなのか。その理由の一つには、温暖化とともに、100年先を見据えてより良い環境を追求したことがあった。日本酒は温度管理が命となる。また、原料となる酒米も栽培適地は北上しており、道内での酒の需要は、本州からの移入が支えているという現状がある。ここ数年、全国的に酒蔵の数がじわじわと減っている一方で、北海道では酒蔵の新設ラッシュが起こっている。冷涼な気候を求めた北海道への移転は今後も起こりうると考えたことから、土地が変わっても面影を残す設計と、地域による酒造りの有利さや特別な歴史の有無に関わらず、酒蔵の文化を広く伝えていく伝承の在り方を模索した。

現地踏査のさなか出会った、2年前に主人が亡くなり製造を休止している千葉県銚子市の酒蔵を移転前の酒蔵に、工業が7万人という人口を支え、良質な伏流水をもち、かつては地酒のほかに金港サイダーという愛された飲み物が存在した北海道の玄関口の一つである室蘭市を移転後の敷地として選定し、現在増えつつある企業による買収を前提に計画を進めることとした。そして、酒蔵の文化を広く伝えていくうえでは、地域性を超越する船がツールとしてふさわしいのではないかと考えた。また、自身が新潟から北海道へ帰省する際にフェリーを利用してきた中で、長い時間をかけて体感する船内の空間が地上の建築よりも印象に残りやすいと感じたことから、酒蔵のもつ、外気の影響を受けにくい工夫を施した貯蔵蔵や、天井高を低くし高温の状態を保つ必要がある麹室、タンクが並ぶ仕込み蔵といった酒蔵の特徴的な空間を取り入れた、酒や材料の目線になって体感しながら学べる船を設計した。この船は全国を回り寄港地の活性化に寄与するとともに、停泊時は酒蔵とターミナルの機能を併せ持つ陸上の建築の機能を拡充させる存在となる。

面影を残す建築の設計においては、かつての酒蔵がもっていた建築を構成するパーツとしての要素と稼働していた頃の概念的な要素を抽出し、それらが新たな土地で生きるようなじませながら取り入れていった。取り入れた要素は建築の中で豊かなシークエンスと多様な空間を生む。また、移転後の地として設定した室蘭が山を切り開いて開拓されたという歴史をもっており、対象敷地も斜面地であったことを生かして、酒が斜面に沿って進んでいくとともに、上りと下りとで大きく異なるシークエンスが生まれるようにした。船を下船し、斜面を上る動線では酒蔵への視線の抜けを、建築から船へと向かい、斜面を下る動線では船への視線の抜けを意識し、視線の抜けるところと抜けないところをコントロールし、視線が抜けるポイントでは空間全体を開放的なものとすることで感動がより大きなものとなるようにしている。

要素の抽出と取り入れ

全体アイソメ図、シークエンス

さらに、事前リサーチとして、新潟、愛知、千葉、北海道の酒蔵への現地踏査を行った中で、設立された年代が最近になるほど、かつての寒造りではなく機械による空調を利用して一年中酒造りを行う四季醸造とする蔵が増えていることがわかったが、冷涼な気候をもつ北海道の地であるため、機械の力に頼らず気候を生かした寒造りを基本とすることにした。一度に製造する量が四季醸造よりも多い分、必要な設備や維持費が大きくなるため、それをまかなえるようにするべく夏はギャラリーとして開くことを想定している。遠方からの来客は夏に多くなると予想し、作業通路や広場を開放できるようにすることで夏にはより多くの人々を受け入れられるようにした。
夏と冬とでの空間の変化

場所が変わっても咲き続ける花のように、かつての面影が新たな土地で空間を豊かなものにし、地域性を超越する船が酒蔵の文化を広く深く伝えていく。そしてそれらが一体となったとき、人々は陸上の建築と海上の建築を行き来しながら室蘭の大自然を堪能する。地域と地域、新と旧、船と建築。三つの境界を飛び越える中で、空間における本質的な価値に向き合うきっかけとなった。

船概要

事前リサーチ

立断面図

全平面図